ひとりでトリプル介護 ~僕の実家と妻の実家に帰郷を伝える:準備編②

介護日記

僕の実家に帰り、トリプル介護をすると決断してからも、本当にそれでいいのだろうかと何度も自分に問いかけていた。

たまたま電話してきたケアマネジャーに「そう考えている」と言うと黙ってしまった。

プロにだってそう簡単に結論を出せるような問題ではない。

 

帰郷を宣言する

ともかくはまず、両方の実家に言ってしまおう。言ってその反応を見て、問題があるならまた考えればいい。

悩みだすと手が止まってしまうから、もう間をあけず一気に言ってしまうことにした。

 

メールで頭が整理される

妻の実家にはいきなり電話で言うのもなあと思い、義姉宛に長文のメールを書いた。

いきおいで言うよりは書いているうちに頭が整理できるような気もした。

実際その選択は正しかったと思う。

 

そして相談させてくださいという形ではなく、確固たる意志を示すために「決意しました」と少し断定的な言葉を入れた。

入れたものの、なるべくなら遠くなるとはいえ今後の協力関係も維持したかったので、悩んでいることや不確定要素も正直に書き、のちのち忌憚ない話し合いができるように心掛けた。

 

数日後、会って話しませんか、という返信がきた。

 

僕の実家に帰郷の意志を伝える

その前に僕の実家の反応も知っておきたかったので、父親の誕生日にかこつけて電話する。

妻の状態を心配して遠慮することも考えられたが、母親は拍子抜けするほどあっさりと

「じゃあ帰ってこい」

と言った。

照れ隠しのように「商売大変だったろう」とかいろいろ言っていたが、最後は少し涙声になっていた。

つられてこっちも泣きそうになったので、あわてて「まだ先の話だけど、とりあえずね」と軽くながして電話を切った。

 

本当に待っていたのだろう。

19で家を出てから30数年。本当に待たせてしまった。

これから山のようにクリアしなければならないことがあるが、とりあえず帰る場所はありそうでよかった。

 

義姉との話し合い

義姉(妻の実家)との話し合いは少し心配だった。

義姉は、というか義母や義父が、要介護4になった娘(妻)を遠くにやってしまうことが心配で、帰郷を嫌がるのではないかと思ったからだ。

お互いの体調を思えば、誇張でも何でもなく、ここを離れる時が今生の別れになる。

 

でも杞憂だった。

義姉は僕の実家の実情も僕の気持ちも理解してくれていた。

こちらもまた、同居している両親ともがまさに介護になりそうな状況で、そういう意味でも実感としてわかってもらえたし、逆に言えば仕事を抱えながらその上もう一人(妻)預かる余裕がないのだった。

 

やっぱり夫婦はいっしょにいたほうがいい。

義姉のその言葉も素直に受け取れた。

妻が安全なのは断然動ける大人が複数いる妻の実家の方なのだけれど、最初のクモ膜下出血から27,8年ずっと二人でがんばってきたのだから、最後まで走り切りたいと自分でも感じていた。

 

トリプル介護を一人で、という綱渡り。

僕が倒れたら何もかも一瞬で崩壊してしまう。

最悪の形はいろんなパターンを纏って湯水のように湧いてくる。

しかしそんなのにばかり囚われていても前に進めない。

 

事態が自然に進む時は、その時なのだ

僕の中で一つの確信めいた法則があって、事態が自然にコロコロ転がって行く時はそれはそうする時なんだと素直に信じることにしている。

逆にどんなに望んでも求めてもいろんな障害やトラブルが起こって全然進まないこともある。

そんな時は何かが違っていると思って立ち止まる。

 

今回は「帰郷しよう」と決断してから、今のところはそうすることが自然だったかのように、自然にコトが進んでいる。

たぶんそうする時なのだ。

これからまだいろいろあるかもしれないけれど、というか何もかもがこれからなのだけど、その流れを信じて自分を奮い立たせていくしかない。

 

なにせ本番はトリプル介護が始まってからなのだから。

 

 

 

 

 

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