ひとりでトリプル介護 ~病院のソーシャルワーカーに相談:準備編③

介護日記

妻が言語のリハビリ時に「夫の実家に帰る」と言ったらしく、翌週リハビリに連れて行ったらいろいろ言わざるを得ないことになってしまっていた。

しかしそういうことを他人に伝えられるようにまで戻ったか。

別な意味で感慨深い。

 

移住は来春のことなので病院にはまだ言わなくてもいいと思っていたが、この際ずっとお世話になっている言語聴覚士さんに親のこともみんな洗いざらい話しして、逆に病院にはどう相談すればいいかを聞いてみた。

 

病院に転院の段取りを相談する

何はともわれ人工透析は「引っ越しで忙しいので一週間休みます」なんて言えないから、スムーズな病院の移行が絶対不可欠だ。

その上人工透析以外にも、神経内科、脳外科など複数の科が関わっていたし、敗血症で入退院も繰り返していたから、あまりに複雑で不安だった。

 

ソーシャルワーカーと面談する

ということでまずは病院の医療福祉相談室に行ってソーシャルワーカーに聞いてみることを勧められる。

そして今後なにがあるかわからないからと早めのコンタクトを取った方がいいとも言われ、さっそくアポイントを取る。

3年前、長い入院から在宅介護に移行する時もお世話になったところだったが、残念ながら当時のケースワーカーさんは辞めていた。

本当に福祉の世界の人の入れ替わりは激しい。

 

翌週、指定された時間に行くと新しいソーシャルワーカーさんが今後を担当してくれることになった。

移住、転院を決断するに至った経緯を話し、不安な点をとりあえず全部ぶつけてみる。

ここに一括した窓口を淡く期待していたが、基本相談にのるけれどご自身でやってね、というスタンス。

やれやれまただ。

 

とりあえず気を取り直し粘り強く話をして、透析室の妻の担当看護師と主治医に最初の連絡を取ってくれること、助成や免除などのもろもろの申請の変更手続き方法の整理をしてくれること、になった。

介護サービスに関してはケアマネさんとやりとりしてくださいねと言われる。

いずれにしてもまだ10カ月は先の話なので動き出すには早いけれど、やることがたくさんありすぎるので、せめてその時スムーズにコトが進められるようにはしておきましょう、というあたりでその日の面談は終わった。

 

担当看護師と話す

その翌週、透析室で運よく担当看護師さんに会えたので、よろしくお願いします、と挨拶する。

話は一応伝わっていたようだったが、「紹介状を持って事前に診察に行ってもらうことになるかもしれないけれど、満床だったら何カ所か回ってもらうことになるかもしれませんね」と不可解なお言葉。

 

紹介状を書くだけで、あとは自ら現地で交渉しろってことか?

 

片道6時間以上かかる距離を妻を何往復もさせられないこと、受け入れてもらえるかどうか(満床かどうかとか)は事前に確認できないのかということ、妻の状態があまりに複雑だからこうして相談していること、など当たり前のことと思えることをなるべく感情を抑えて、繰り返しお願いする。

担当看護師ならいつも見ているはずの妻の状態からすれば想像つきそうなことなのにな。

 

忙しくてそんな雑用にかまってられないのかもしれないが、家族への丸投げ、たらい回しだけは勘弁してほしい。

嫌な予感もするけど。

 

数日して病院との連絡帳に、移住先の〇〇病院と△△病院にあたってみるが通える距離か?、というメモが入っていた。

一応調べてもらえるのだろうか。

 

めげずに淡々とこなして前に進め

最初からめげそうだか、もう何度もそんな経験はしてきたから(しないにこしたことはない)、こんな程度では負けない。

でも正直、これからの膨大な諸手続きを全部一人でやっていかなくてはならないことを想像すると、本当にうんざりしてくる。

 

そして何よりこの移住や転院の作業はゴールではなく、その先にトリプル介護という終わりの見えない本番が控えているのだ。

 

介護に備え、自営の仕事をたたむ準備

トリプル介護に備え、個人事業主として10数年頑張ってきた仕事もこの機会にたたむことにした。

近年は赤字体質のなかなか厳しい状況だったし、介護しながら移転かつ維持していく自信もなかった。

移住、転院手続きに並行して、その処理もしなくてはならない。

 

変則的ではあるが、介護離職のようなものだ。

在宅介護という美しい言葉で丸投げされ、時間的にも経済的にもメンタル的にもどんどん追いつめられ、仕事もできなくなり社会的に孤立していく典型的なパターン。

これからは僕もいま話題のミッシングワーカーとして生きていくのだ。

すでに片足をあの世に突っ込んでる気分である。

 

まあいい。

ともかくは環境を全て変えて出直すのだ。

 

前に進めば何か変わるかもしれない

先日、仕事場にしている場所を引き継いでくれる人が見つかった。

思い入れのある場所だったから、気に入ってもらえてまた引き続き大事に使ってもらえるのなら、こんなにうれしいことはない。

そして何よりそのまま使ってくれるということで、片付けが少し楽になるかもしれない。

 

いろいろあるが、でもまあこうしてゆっくりと確実に進んでいる気はする。

ひとつひとつクリアしながら、僕自身も新たな生活に向けて過去を整理しているのだろう。

30年以上離れていた故郷は終の棲家になるのだろうか?

これで僕の長い流浪も終わるのだろうか?

いやそれよりまず、僕は故郷にたどりつけるのだろうか?

 

 

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