在宅介護の孤立がとうとうやってきた-1

介護日記

孤独な在宅介護:

介護には本来の介護作業に以外にもたくさんの問題が降ってくる。

法律、お金、合併症、、、、あげているときりがない。

そして介護される本人だけではなく、介護する側の人間のことも無視できない重大な問題だ。

 

介護うつに代表されるメンタルな問題

腰痛や持病の悪化なとの健康問題

介護離職による経済的問題

 

でも今はちょっと「孤独」について書いておきたい。

 

介護離職(仮)にいたるまで:

もちろん「孤独」もメンタルや健康と複合的に絡んでいるから、単独で語れるものではないけれど、今すごく孤独について考えてしまっているから、ちょっと備忘録的にも記しておきたい。

そして最初に断っておくが、現在進行形にもがき苦しんでいるので美しくためになる体験談ではない。

 

僕は奥さんの病状に合わせるように仕事で大きく3回決断をした。

 

転職と移住である。

 

埼玉県に暮らしていた僕たちは最初のくも膜下出血のリハビリが落ち着いたタイミングで、

①ある地方の妻の実家の街に移住、転職することにした。

②そして結論から言うと、新たな環境になじめず結局サラリーマンをやめ、隣町に引越し、自営するという道を選んだ。

自営の方が妻をサポートしやすいのではないかという気持ちもあった。

 

なんのスキルもないまま勢いで独立したので、当然なかなか食えず深夜もバイトに行きWワークでなんとか食いつないでいた。

独立5年目には2度目のクモ膜下出血!

それでもなんとかしのいでいたが、

 

とうとう3年前妻が大きな発作を起こしてとうとう介護が必要になり、

③固定収入のあった深夜バイトをやめることになった。

 

変則的ではあるが、まあ一般に言う介護離職と同じ状況となった。

 

孤立したくて孤立してしまうんじゃない:

介護離職は絶対するな、と多くの本等で語られているが、それは経済的困窮の他にも社会的なコミュニティとの絶縁が孤立をもたらすからだ。

 

たとえブラックといわれるバイトでも同僚との馬鹿話には何度も精神的に救われた。

 

僕の場合は名前は「転職」や「独立」だが、別々の街で異業種の仕事に就くこと自体「離職」といっしょで、つまり毎度毎度その社会的コミュニティを作り直すことでもあった。

そしてそれは年齢がいけばいくほど体力的にも困難になり、まして生まれ育った街でもないと幼馴染の同級生のような存在も子供の頃を知るおじさんもいないから、どんどん「孤立」してゆくのであった。

 

まあそれはコミュニケーション力の問題だから、近くに親戚や友人がいたとしても状況は変わらないかもしれないけれど。

もともと社交的ではない人間に、もっとポジティブにもっとコミュニケーションを、と今さら言われたところで変われるわけがない。

 

結局は自分で解決していくしかないのか:

もちろん気にかけてくれるやさしい人々はどこにでもいる。

でも「いつまでも」ではない。みんなもいろいろかかえている。

「そろそろ自立しろ」とか「いつまでも甘えるな」と言われてしまったこともある。

 

役所にも病院にもいろんな制度や相談室がある。

でも個々に全く違うはずの状況に対応して親身になってサポートしてくれることはめったにない。

申請主義とは言葉はかっこいいが、聞かないと教えてくれないし、相談したら美辞麗句だけの業者のパンフレットをただ渡されただけのこともある。

 

患者の会、家族の会のようなところもあると聞く。

でもみんながみんな車座になって自分のことを積極的に語りたいわけではない。

むしろ僕のようなコミュニケーション力のない人間もいっぱいいるはずだし、

そういう声をあげない者はいないものとなっているのが実情ではないのだろうか。

 

介護離職は絶対するな、という。

 

でも、精神的にも肉体的にも経済的にも追い詰められている状況を誰かが代わって解決してくれる訳ではない。

よく自殺してしまった人に「もっと早くから相談してくれればよかったのに」というコメントを聞くことがあるけれど、現実はこうやってやさしく冷徹に物言えぬ状況に追い込んでいくのだと思い知らされる。

 

こうやってブログやSNSに吐き出しているうちはまだいいほうなのかもしれない。

ちょっと暗くなってしまった。

愚痴だけ書き連ねても何も変わらない。

 

大雪がやっと落ち着いた。

久しぶりの晴れ間をねらっておそるおそる屋根に登り、コードのはずれたテレビアンテナを直す。

今冬二度目なので、今度はしっかり針金で縛りつけた。

一月上旬の嵐以来、これでやっとまともにテレビが見れる。

テレビ好きの奥さんには唯一といっていい、大事な社会との接点。

 

ここは弱者でなくとも皆生き抜くのに必死な厳しい場所。

 

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*今日のごはん:

朝食:味噌ごぼううどん、大根の漬物、りんごヨーグルト

昼食:醤油ラーメン(チルド)、焼き餃子(冷凍)

夕食:しょうが焼き、マカロニサラダ、真たらこ煮付け

 

大根の漬物はもらいものの大根をざく切りにして、実家の母親が作ってくれた寒麹に漬けておいたもの。

さっぱりとしておいしい。

亡くなった叔母が漬物名人だったこともあって、既製品の漬物は添加物の味が気になって食べられない。

面倒でもなるべく自分で用意する。梅宮辰夫の気持ちがよくわかる(その後商売にしたのはバツだけど)。

 

しょうが焼きのつけあわせと言ったらキャベツの千切りでしょう!と言いたいが、今は高すぎで買えないのでもやしのナムルを作って添えた。

マカロニサラダもきゅうりが高いのでカイワレで代用。

今年の冬ほどもやしとカイワレを食べた年はない。

 

これから明日の朝食用のきつねうどんのあげを煮てから寝ます。

おやすみなさい。

 

 

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